中間試験が終わり皆さん一喜一憂という感じです(保護者の立場からはそんな呑気な事は言っていられませんよね。前回のブログでは:DistributionだのHyper-Functionだの塾生には無縁な内容でしたので今回は中間試験について)。当塾では高1生と高2生にはとにかく定期試験は最高の結果を出して下さいといつも言っています(定期試験の点数が悪いと得意科目という認識にはなれません)。高1生は:開成・市川学園・東邦・昭和秀英etcと在籍しているのですが:市川学園のI君は本当によく頑張っています(部活との両立)、日本橋開智のH君は真剣その者です(もちろん秀英のEさん、開成のR君、東邦のK君みなさん高校部に入り気を高めています)。この時期に電話相談を受けるのが:中間がイマイチでしたという内容です。うちの子は:本当によく机に向かっているのですが勉強の要領が悪く芳しくないのですよ。それほとんど理解できていないまま机に向かっています。無味な時間のみを送っているのが可愛そうです。復習可能なレベルまで理解度を高めてからの自宅学習にならないと時間ばかり費やして一向に実力向上には繋がりません。この事態をなんとか解消して下さい(当塾生は完全に解消が出来ていますよ)。
2023年05月
しばらくはこの話題に触れるのを避けていたのですが、半年を過ぎたので先生のことを懐かしんでこの場で少しだけ話をさせてもらいます。関数解析・偏微分方程式という時の時代を担う吉田耕作先生(第二次世界大戦で中断していた国際数学者会議が1950年・昭和25年に16年ぶりに開催されました。ときの鳳・プライマリースピーカーが吉田耕作先生でした。4年ごとに開かれる国際数学者会議で1954年・昭和29年に小平邦彦先生が日本人で初めてのフィールズ賞に輝きました。当時のフィールズ賞は2人でした)の門下生としてファンクショナル アナリシス(関数解析。スプリンガー社)の全ての編集を小松先生が担われていました。小松先生と佐藤幹夫先生とで:ローラン・シュワルツ教授(フィールズ賞受賞者)のディストリビーションだけでは不十分な点をあげてハイパーファンクションを確立して微分方程式への導入を行いました。昭和50年代前半は:小松先生の数学特論は大学院生と言うよりも研究者への授業というものでした(その後私は応用数学への道に進み、いまは工学への応用を行っています)なんと言っても1990年・平成2年に京都で行われた国際数学者会議を思い出します。先生は議長という最高位の立場から森重文京都大学教授にフィールズ賞を授与しました(私もずいぶんと先生のアシスタントをいたしました)。小松彦三郎先生が他界なされてまもなく佐藤幹夫先生も他界されました。時代は確実に過ぎていくのですね(私の論文審査を行って下さった:藤田宏先生は94歳というご高齢ですがご存命です。嬉しいです)。この半年私の気持ちが揺らいでいてすみませんでした。落合先生、河合先生、柏原先生(小松・佐藤の門下生代表。東大・京大名誉教授)ありがとうございました。
葬儀執行委員・羽立健三
葬儀執行委員・羽立健三
わたしの授業を受講したくて名古屋から通ってくれた藤岡君(慶応医を第一志望にしていましたが、あまりにもアトピー性皮膚炎が酷く私は:実家のある名古屋にしなさい、でした。センター試験で93%で名古屋大学医学部に合格しました。もちろん慶応大学医学部も合格)。新幹線で通っていたときと、簡易アパートを借りていたとき。全て当塾が管理していました。新潟から通っていた土橋さん(叔父さんが千葉県医師会の副会長さん・慶応大学医学部卒・で土橋さんのお子さんは全て当塾で医学部に合格させました。長男は日医、次男は日大医、三女は東女医)は私の数学と高木先生の化学で何とか私立大学医学部の合格をもらえました(昭和大学医学部に入学。日大と東女医の合格が得られました)。地方で浪人している受験生にとって:いま目の前で教えてくれる先生は 神 という感じみたいです。私のブログをまねて:新幹線で通ってくる塾:とありましたが、そんな塾はありません。当塾はメンタル・アパートの確保&そこでの生活の仕方を全て指導しています(渋谷の英語塾が:新幹線で通う塾。そんなムリな表現はやめなさい)。新幹線とは言わなくても:2H程度かかる皆さんは連絡を下さい(リモートになるかな、それとも)。Hadachiブランドは大きく展開することのない(千葉県・市川市を中心とするものです)。真剣に合格を得たい!。当塾はそんな生徒と保護者で構成される塾です。羽立ブランドとは当塾に入会している受講生の気迫なのです。
市川数理フォーラム代表羽立健三
市川数理フォーラム代表羽立健三
市川数理フォーラムはもちろん羽立代表が運営する塾なのですが、同様に大塚千葉教室長・多田英語科主任・高木個別指導部主任・花川医学部専門教室主任で講義を行っています。この講師陣で四半世紀を迎えました(いろいろな出来事・経験がありましたが当塾の運営は一切変りません)。このブランドは塾・予備校界でも初めての事です(ほとんどの塾は毎年講師が変更になります。これではその塾に継続して受講することは不可能です。挙げ句の果てには:謀塾の早慶理系数学の担当が羽立になっていました。私と同じだけの力量があればいいのですが、とてもムリです)。羽立先生:当予備校で東大理系数学等を担当していただけませんか?と何度もお願いされています。神奈川県の予備校で12年間(最難関大学理系数学)を担当していましたが今は時間的な理由で退任しています(私が木曜日は数学科教育法の委員長を、金曜日は応用数理学会の主査を行っているので)。千葉県市川市で東京大学に合格するための塾を創りましょうから四半世紀が経ちました。いま当塾は市川・本八幡での最高峰としての地位と名声を得ています。最難関校に合格したいなら:市川数理フォーラムの講師陣に師事を得ると言うのが(手前味噌ですが)この地域では確立しています。このブログを書いた本音は:まだまだ未熟な講師陣が担当している塾・予備校だらけという事実です(Y院、K塾はもちろんのことSまで講師の低下。テキストを完備してしまえば講師の力量はカバー出来るという考えですが、受講生の実力UPは講師の腕に掛かっているのです。個別指導塾では1:2が蔓延るこの事実)。私も18歳から45年間この業界にいますが、次の世代を担う若手育生(受験生+大学院生)にはまだまだ隠居するわけにはいきませんね。昨日も:羽立先生に教わり、一髪で理解できましたありがとうございます。三角関数がこんなに簡単に理解できたのは羽立先生のお陰です。この分野は公式だらけと思っていたのが物の見事に解決出来ました。との声をもらっています。羽立率いる市川数理フォーラムは:教える事の上手さで皆さんを合格させる塾です
市川数理フォーラム代表羽立健三
市川数理フォーラム代表羽立健三
開成では授業はその担当者の考えで行われています。果たしてこの考え方が生徒に合うのかどうかですよね。中学入試のときを思い出してください(小学校では一切習わない事を、絶対視していました)。大学受験はやや異なります(出題側の教授がどの様な考えでこの問題を作成したのかをいつも受講生には言っています)。中学入試と大学入試がどれ程違うのかを知ってもらいたい。私は東京大学しか知らないのですが:数学科入試担当委員が決まります(教授と准教授の組み合わせで3組。東大理系数学は6問です。各委員が2問作成します。同時に文系数学出題委員も決まり4問の問題作成が行われます(私立医学部単科大学は問題作成委員が1人ですのでかなり主観が出てきていますよね。一時期の日本医科大学はとても解ける問題ではなく、30%も解けたら合格という問題でした)。開成中学の問題作成委員と東京大学の問題居作成委員の違いを先ずは皆さんが認識することです(もちろん開成等に合格した後の話しです)。今回は落ちこぼれさんではなく私の(問題作成委員の)話をさせてもらいましたが:今のままでは開成等での順位を上げることが極めて困難な皆さんへ:いま学校で行っている内容を完全理解しましょう。その上に立って順位を上げることを考えましょう。絶対に学校と異なる授業を行う塾には行ってはダメですよ。最高は:当塾の個別指導です(毎回2Hの授業を10回重ねて下さい。中間・期末では相当なレベルUPが得られます)。人生は一度しかない、大学は一流でなければならない(我々が指導を受けた代々木ゼミナールの大西憲昇先生の言葉です)。まさにその通りです。羽立と共に最高学府に合格しましょう
市川数理フォーラム代表羽立健三
市川数理フォーラム代表羽立健三
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